スマートキャプテン  第一回  キャプテンの心得


スマートキャプテン  第一回  キャプテンの心得SMART DRIVING 船長の心得とへルムワーク

4:6の法則

 

操船の基礎はすでにいろいろな場所で紹介されている。

もちろん、海技免状を取る際にも教わるが、それは基礎となる一軸船での、しかも通り一遍なもの。免許を取ったからと言ってとも、飛行機のライセンスのように完璧を保証されたものではなく、経験の第一歩を踏むもの。とても実際に高価な船を無傷で離着岸できる経験を積んだものではない。2軸船、特に30フィートを超える大きさになると、操船技術だけではなく、綱を取ってくれるクルーとの連携も大切になる。ここではクルーの動きまで含めた操船術を検証し、ワンステップ上の操船をマスターしたい。

 

第一回:キャプテンの心得

第一回目は、ギャラリーが見守る中、スマートにピタッと決めるためのキャプテンの心得をご紹介しよう。

 

アメリカ東海岸、ノースカロライナにあるパイレーツコープというマリーナで、世界3大名スポーツフィッシャーマンと言われたDAVIS45Express Fishermanを待っていた。天気はいいのに日本で言うとちょうど逗子マリーナのような狭い港の中でもさざ波が立ち、指定されたポンツーンに着岸するには難しいだろうなと思える強いオフショア(海に向かって吹く風)の風が吹いていた。

約束通りの時間にお目当ての45が入港してきた。案内してくれたDAVIS社の人に聞くと、そこに乗っているのはDAVIS社のキャプテンではなく、オーナーである銀行家ファミリーだという。おいおい、素人同然の人に、しかも、奥さんと幼い息子との3人と聞いて、こんな難しいシチュエーション、こりゃー大変だと思い、綱を取るために桟橋に立つ。風は強く、狭い航路、見ている私がその難しさに身震いをするほどだった。

近づいてくる船、それまでヘルムステーションに居た船長であるはずのジョン氏がサイドウオークを渡ってロープを携えて船首に立つ。ヘルムステーションには長いブロンドの髪をなびかせ、サングラスをして船の操船をしているのは奥さんのジョージ。船が回頭をはじめスターンが見えてくると、きちんとコイルされたロープを持つ幼い少年のティム。まいったなー、一発勝負だなと思って桟橋から綱を取るのに構えて見ていると、完璧に一発で、しかも誰一人声を上げることなく狭いポンツーンに決して小さいとは言えない45を着桟させた。幼いティムは、作法通りにロープを桟橋にほおってよこす。あまりのスマートな着岸のパフォーマンスに、思わず拍手をしてしまったほどだ。

挨拶もそこそこに奥さんのジョージにすごい着岸ですねと思わず言うと、

「私がうまいんではなくてよ、着岸する前に主人との打ち合わせ通りにしただけなのよ。」との返事。そこでご主人であるジョンに聞くと、

「何といっても、操船の技量が40%で、クルーワークが60%だからね。女房の操船で十分だよ。ポイントだけ着岸前に打ち合わせしておいたから。」

 

キャプテンの心得

「船は一人で動かすものではない。」

 

一人ならば助けてくれる人がいないことを思い知る。そのため、一人で走らせるには何より落水が一番怖い。航行中は一人で2つしかない目で見ているより、2人で4っつの目、3人で6っつの目で見ている方が高速走行時に海に漂う障害物を発見しやすい。ただし、同船した方々に助けてもらうためには、どうしてほしいかを教えることが必要となる。まして、クルーがいるのならその教育が船長の心得。

もちろん、クルー全員が船長代理をできるくらいに経験や技量を積むと、お互いに刻こくと変化する船の状況下で、次なる打つ手がおのずとわかるので、それこそ阿吽の呼吸で作業が進み、安全さが増す。が、それまでにお互いのスキルを積むのには共有する時間が必要になってしまう。そこで行かせるのは船長の経験やスキル、それを教育して判断や作業を共有のものにすることが安全への近道なのだ。

 

スマートな操船は

「自分の船を知ることから始まる。」

船長だからと言って、船の掃除を他人任せにはしない。むしろ船長だからこそ、毎回とは言わないが率先して自分の手で行うことが望ましい。

自船のストレスはどこにあるのか。船体のゲルコートに浮き出るひびや傷、船全体の強度から来る良い部分や、デリケートな部分などを知るには、自分の手で掃除をしていると、どこに現れているかがわかり、実際に波頭を超えて操船をする際など、これらのウイークポイントをかばうような操船も可能になる。そして、船内においても、掃除を通して様々な備品がどこにどれくらいあるのかを掌握できる。掃除を通して船を知るということはとても大事なことなのだ。

それぞれの備品、例えは救命浮環やライフジャケット、信号紅煙、象形物はもちろんのこと、各種ロープ、ナイフ類、清水のペットボトル、救急用具などなど、どこになにがどれくらいあるのかが頭に入っていれば、あわやというパニック状態に陥りやすい状況でもクルーに的確な指示が出せ、船長としての責任を全うする大きな手助けになる。

 

さて、まず新しい船と接するとき、まず自船がどのような特徴をもち、くせをもっているのかを知らなくてはならない。Vハルなどの船型、トンネルハルやデッドライズの大きさ、トンネルドライブハルなど駆動ペラのかかわり、IPSやシャフト、エンジンの種類や配置、上部構造物や船の重心点の違いなどによって走らせ方そのものが変わってくるからだ。

船の駆動には、1軸、2軸、それぞれに船外機、船内外機、船内機、船内機の駆動方法にもVドライブ、IPS、従来のシャフト船様々で、それぞれがおのずと操船方法がかわってくる。まずはまる一日をかけて操船訓練だけをすると良い。練習を通して、その船の挙動のくせ、見切り位置などを観察する。練習方法は様々あるが、まずはあまり風のない日に、港から出た穏やかな海面をまっすぐに走らせることから始まる。まっすぐに走らせるといっても、これがなかなかのもので、例えば方向を司る舵と駆動するプロペラが一体になっている船外機や船内外機ではそのバランスによってはかなりセンシティブな操作が強要される場合がある。これは、駆動支点が船尾端にあるために推力の効率が良すぎて舵角がちょっとずれただけでも起きてしまう挙動と言える。つまり例え2軸船でも、船外機、船内外機の船の場合、そのクラッチ操作だけで船を離着岸することは、そのニュートラルポジションがつかみづらいために、ステアリングを1軸船のように併用した方がより確かとなるのだ。

このようにその時のエンジン音、ステアリングの反応、スロットルに対する挙動を少しずつ知ることから始まる。そしていよいよスロットルを開けていく。ターボを積んだディーゼルエンジンなどでは、そのターボが効きだす頃が、船が滑空を始める直前となる場合が多く、当然水圧などの負荷が一番高まりつらい状態となる。これらもエンジン音を良く聞いていると辛そうだなとわかるのだが、案外それに気がつかずに、いわいるこのようなハンプした状況で長時間走らせ、エンジンに過大な負担をかけて走らせている方が多い。

さらに2軸船の場合は、お互いのプロペラの負荷が同様にかかっているシンクロした状況と、相互が全く違う回転数で必要のない負荷を片方にかけている場合も、エンジンを壊してしまう要因となる。この時のエンジン音はお互いが共鳴し合ってワンワンと泣いているので効いているとすぐにわかるはずだ。シンクロしている状況でも、潮流や波によって多少の負荷がお互いに変化しているものだが、音を聞いているとなめらかな共鳴和音となるはずだ。

そして、まっすぐ走らせるうえで、ステアリングで常に調整していかなくては航跡が真っ直ぐにならないのか、それともステアリングにさわらなくてもきれいな航跡を描けるかなどの船の性格もわかるだろう。前者は船長や船型、プロペラとのマッチングや舵の大きさなどが造るバランスの幅が小さいために起きる現象で、それなりに考慮に入れて走らせる必要がある。ノーステアリングでまっすぐ走らせることができる船は、それらのバランスが良い船と言えるだろう。これは海況の向かい風、横風、追い風によっても如実に反応が違うのでそれぞれを試してくせを掌握することが望ましい。

そしてまずはクルージングスピードでの走行。通常、エンジンメーカーは75%から85%程度のエンジン回転数を推奨している。というのは常に100%のマックススピードではエンジンに負荷がかかりすぎると言われ、実は設計上そこまで想定された仕様にはなっていない場合が多いからだ。つまりは2350回転がマックスだとすると、1760回転から1997回転の間が巡航回転数となる。これがエンジンメーカーが自信を持っているバンド体であり、また船を造る際の燃費消費量と継続航行距離もこれが基準となって計算されている場合が多い。

さて、巡航時にステアリングを使って回頭させてみる。そのレスポンス、ハンドルを切ってもすぐに反応してくれるのかタイムラグがあるのか、回転半径などを観察してみると良い。目の前に障害物があったときに、どの程度切らないと避けられないのかが良く分かると思う、また、波の中での複雑なステアリングを余儀なくされるときにでも、これらを理解しているといち早い波に対する反応ができるからだ。

一通りやってみた港に帰る時、もし平穏な海であればマックス走行をしてみよう。それによりマックス走行時の回転数が定格なのか、足りずにまわりきっていないか、それとも回りすぎてしまうか、これらもくせがある。定格の場合は、計算通りの負荷運転ができていることを示し、足りない場合は、駆動に対する船の負荷、例えば船底に会などが付着しているとか、積み荷などが多すぎるとか、また多すぎる場合はプロペラとのマッチングが悪いとか、それらを想定できる。マックス運転は、通常その日に動かした時間の5%以内にとどめるべきだといわれている。これはエンジンの負荷に無理をさせずに、ピストン内の爆発を最大限にしてシリンダー癖をつけないという効力もある。

そして港近くでよいから何かブイがないか探してみよう。広い海の上では自分の位置や角度がわからなくなるので、沖に浮いている定点ブイなどを使ってその位置関係を図りながら、アスターン(後進)などを試し、さらにそのブイに船首だけつけてみるなど角度を変えて様々に練習してみるとかなり性格がつかめるはずだ。それらのことは、全て始まる前にクルーに聞かせてこれからこういうことをやるといってそれぞれにその船の癖を理解させることも必要だ。特に、ブイに対しての練習は、その船の行き足、オーバーステアリングしてしまう性格などを見るのには理解がしやすいものだから。またマックス走行時には、海面に漂う障害物を複数の目で確認しあうことも必要だし、一人はエンジンの様子、油温や水温の上昇を専門的に見届けていると、より安心感が増すだろう。

このようにして、まずはとにかく自分が描いた通りに船を操船する自信をつける。そして港に帰った時には、いきなり難しい着桟を目指すのではなく、まずはできるだけ簡単な着桟をしてみよう。例えばどのような船でも着桟しやすいように造られたビジターバースなどを利用する。その際にはクルーとの事前打ち合わせを忘れないように。まず自分はどういうふうに、どこの船を着桟しようと考えているのか。その際にどういう注意と準備が必要か。例えば風の向きによっての船の挙動、桟橋と船にかかわるフェンダーの位置、取りつけ高さ、前後のロープの必要な長さ。何処が一番船と桟橋が近くなりどういうところで飛び移るのかそのタイミング、桟橋に人が渡った後、誰が何をするのかまで打ち合わせをするとよい。わかっているだろう、は禁物だ。これは余程経験をともにしていないとお互いが当たり前の行動ではなくなってしまう。


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